鹿児島市中央卸売市場 青果食品協同組合

ファームランドさくらじま

ファームランドさくらじま

2011年1月下旬、『こどもたちが育てた桜島大根まつり(第9回)』が開催 2011年1月下旬、桜島の小学校6校の小学生たちが育てた桜島大根が鹿児島市中央卸売市場に出荷され、『こどもたちが育てた桜島大根まつり(第9回)』が開催。

 例年以上に多くの人々が桜島の小学生が作った桜島大根の競り見学に参加。青果食品協同組合の南理事長ほか多くの組合員も競りに参加し、鹿児島市の責任者である峰山青果市場長ほかが見守る中、熱気を帯びた競りで、東桜島小学校の見事な桜島大根に付けられた競り値が、何と最高の3000円!

「一生けんめい草を取り、みんなで心をこめて育てました!」とメッセージを添えてきた桜島の小学生たちに、世界一大きな桜島大根の育て方を教えているのが、(有)ファームランドさくらじまの農場長で、青果食品協同組合の理事でもある村山利清さん。

 村山さんは、鹿児島市内の幼稚園児たちにも桜島大根の育て方を教えており、村山さんの白浜の農場「ファームランドさくらじま」で大勢の教え児たちがそれぞれ育てた桜島大根を母親と一緒に携えて、今年1月30日に開催された第11回世界一桜島大根コンテスト・第12回桜島カンパチ&ブリ大根まつりに元気良く参加。

1月30日に開催された第11回世界一桜島大根コンテスト・第12回桜島カンパチ&ブリ大根まつり

 村山さんの子供達への情熱、つまり、食材摂取の組み合わせ方や料理法にとどまらず、桜島大根の種を土に植えるところから始めて、農薬や化学肥料に頼らない手法で桜島大根を育てる知恵を、幼稚園・小学生の子供達を始め、母親や先生方、中央卸売市場の仲間達や飲食店経営者、市民にも広めようとする情熱は、一体どこから来るのか。

 村山さんが重い口を開いて語るに、「結婚仕立ての26歳のころ、当時は元気有り余る農業青年として農業に没頭し、農薬なども気にもかけずに軽く帽子を被るだけで、平気で扱っていました。ところが、自分の髪の毛が、全部抜けてしまうというショッキングな事態が起きました。ある日突然、頭の上部が腫れ上がり、しまいには全部スキンヘッドになってしまいました。その後、農薬の扱い方や食生活に気遣うことで、髪の毛は全て生え変わり、今に至っています!」

それからというもの、村山さんは農薬の恐ろしさを悟り、農業の考え方をガラリと変え、いつかは農薬と化学肥料に頼らない青果物を生産しよう、できるだけ健康な身体を作れる青果食品を提供してみたいと考えるようになったとのこと。

ハウス内の無農薬ビワに袋を被せる村山さん。 「最近は特に、子供達や孫達に、あの40年前の私の辛い思いだけはさせたくないし、ちゃんとした食物、身体にいいものを食べさせてあげたいと、いつも思っています!」

「いま巷は、成人病など当たり前、ガンすら当たり前の時代になっていますが、その原因は、私は“食べ物”にあると思っています。農薬や添加物に頼らない農産物、燦燦と輝く太陽と、健康な土と、きれいな水で作られた青果物を皮ごと、たっぷりと食べ続けることで、大半の病気を追いやり、心と身体を作ることが出来ると、私は固く信じています!」

そんな村山さんが青果店を創業したのは昭和49年。元来、桜島の白浜で農業を営んでいた親御さんの跡をつぎ、村山さんも農業青年として活躍。

しかし、昭和47年の桜島の大噴火の降灰で農地が甚大な被害を受け、それ以降、農業を続けられなくなったとのこと。

まだ青い小さなビワの実の産毛を傷めないように慎重に袋を被せる村山さんの奥様。 その後、鹿児島市の中央卸売青果市場でアルバイトを始めるようになり、友人の勧めもあって、同じ青果物を扱う業界としての親近感もあり、思い切って青果店を開店することに。

以来、31年間、西田町の西田橋近くで小売店「サンフルーツむらやま」を経営。昭和59年に競り権を取得。桜島白浜の実家の農業を手伝いながらも、本業の青果店の経営を続けてきたが、平成16年6月、還暦を迎えるにあたり、永年経営した小売店「サンフルーツむらやま」を閉店。

現在は、要望があればかつてのお得意先への納め物を中央卸売市場で仕入れつつ、桜島白浜町で代々耕してきた60アール以上もある「(有)ファームランドさくらじま」の農場や袴腰から湯之平展望所に行く途中にあるビニールハウス施設で、「桜島大根」や「桜島小みかん」、「ビワ」などを生産し、直接販売すると同時に、鹿児島市中央卸売市場にも出荷中。

ビニールハウス内にはボイラー装置が備えてあり、かなり暖かい!近年の、活発に噴火活動を続ける桜島からの降灰が、孔雀の羽の如く大きく広がる「桜島大根」の葉っぱに直に覆いかぶさり、全く成長できなくなってしまうという被害が続出!

一昨年からの尋常ならぬ降灰の影響で、昨年は全く「桜島大根」を出荷できなかったとのこと。しかし、今年はやっと、例年並みに出荷できた模様。

村山さん一家が西田橋近くの小売店を閉店後、奥様と娘さんも桜島への“通勤農業”を4年間毎日続けた後、2009年から桜島白浜町に家族で移り住み、化学肥料や化学物質になるべく頼らない、無農薬・無化学肥料栽培にこだわり続ける、プロの農業人家族として活躍してきた。

最近、噴煙を高く上げない桜島を見るのは珍しい!しかし、「知識ゼロで有機農法に取り組んだ最初の2年~3年間は、桜島大根の中央部に鬆(す)が入るなど苦労の連続で、どん底の生活が続き、最近やっと、堂々と市場に出荷できるレベルになってきた!」と、真相を語る村山さん。

現在、村山さんの農場で生産する桜島大根は、9割方鹿児島の漬物工場に出荷され、残りの1割はレストランなどに出荷。また、ビワと桜島小みかんは、主に鹿児島市中央卸売市場に出荷されるとのこと。

“自然大好き人間”として、桜島や鹿児島の子供たちに「桜島大根作り」を指導しながら、「安心・安全」な作物を生み出す「土」も自然からの授かり物として、「土」と共存する農業方法にこだわり続ける。

今年、長崎市で開かれた「九青連創立50周年記念大会」後、南理事長ほか組合の仲間と『長崎まちなか龍馬館』に立ち寄った村山さん。青果食品協同組合の理事としての村山さんの、組合員の仲間たちへのメッセージとして、「中央卸売市場は、健康な身体を作れる『安心・安全な青果物』と、『食に関する知恵』が数多く集まるキーステーション! 我々、青果物の生産・流通・卸・小売の仲間がしっかりと手を携えて、もっともっと、『健康』と『幸せ』の作り方を研究し合い、消費者の方々にその知識をしっかり広めるべき!」と、村山さんは気恥ずかしそうに、その胸の内を語ってくれました。

村山さん一家が挑む、“桜島の安心・安全な農園からの元気発信!”と、“健康な身体を作れる美味しい青果物の提供!”に、乞うご期待!

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