鹿児島市中央卸売市場 青果食品協同組合

木場商店 味の締まった「高級小粒青果物」にこだわるフレッセ厚生市場の老舗

ハルタ

春田滋氏鹿児島市のいずろ交差点近くにある(株)ハルタの創業は、161年前の江戸時代、現社長・春田滋さんはその5代目。

 40年くらい前までは、天文館地区でも屈指の呉服の老舗「春田呉服店」として鹿児島市民に親しまれ、江戸時代は呉服、昭和時代の初めは洋服や服地、衣料品を扱い始め、また戦前は3階建てのビルの上部がレストランで、80歳以上の鹿児島市民の方なら、春田呉服店の3階のレストランで親に連れられて食事をするのが楽しみの一つであったという方も多いとのこと。

ハルタ写真 その後戦災でビルが焼け、小さな建物から大きなビルへ何回も建て直した後、昭和38年ころ、NCRがレジ(金銭登録機)とともにアメリカ型のスーパーマーケット方式を日本全国に売り込み、これを契機に、春田呉服店は生鮮食品も扱うスーパーに進出。

 昭和38年当時、レジが導入され、それまで盆・暮れの年2回の支払が当たり前の掛売りの顧客から、日々現金を持参し、レジで支払い、商品を日々持ち帰っていただく即金の顧客への大転換が同時に行われ、資金繰りの面でもドラスティックな改革を実施。

 呉服・衣料品の商いを助ける食料品の商いとしてスタートしたものの、食料品のほうが全体の売上に大きく貢献するようになり、昭和が終わりを告げるころ、呉服から完全に撤退。衣料品は現在も商い中。

現在も、「スーパー ハルタ」(いずろ店)の2階に衣料品コーナーがあり、「春田呉服店」の歴史と伝統と商いのスピリッツは連綿と引き継がれており、「真心を込めてお客様に接し、お客様にご奉仕する」という小売商いの原点は、「スーパー ハルタ」にもそのまま引き継がれているとのこと。

ハルタ写真現在は、生鮮食品が主体の「スーパー ハルタ」として、「清潔な売り場で新鮮なおいしい品物をお届けします」というキャッチフレーズをもとに、お客様から感謝される店になりたいと奮闘中。

 全体の売上のうち、雑貨を含めた食料品関連の売上は、ほぼ9割を占め、衣料品関連は1割くらいで、顧客層はいずろ近隣の永年の住民やマンションなどに住んでいる単身者、繁華街で働く人々が主で、いずろ店の車での利用客は限られているとのこと。(アポロ店は車での利用客も多数)

ハルタ写真繁華街天文館地区、いずろ近隣の専門個店やデパートがひしめく中、食料品・雑貨から衣料品までを取り揃え、ワンストップで買い物ができるメリットや、特に生鮮食品はデパートよりも安く、お手頃価格で購入し易い商品を取り揃えることにこだわり、いずろ界隈のスーパーとしてその役割を明確化。

営業時間は朝10時から夜8時まで。特に地域の買い物スタイルに合った、「輝くような清潔な、鮮度感、品質感溢れる売り場づくりと、特に少子・高齢化に応じた少量パックを充実させる」ことにこだわっていきたいとのこと。

春田社長の元気の源は、旅行とゴルフ。旅行や公的出張時は、ソウルやヨーロッパなど、内外の市場などの視察も多い模様。

ハルタ写真「県都である鹿児島市、天文館地区の元気がないと、観光客が見えても感動がない」と、往年の賑わいを呼び戻すための中心市街地天文館地区の再活性化については、事業延期となった天文館の複合映画館(シネコン)の開設など、皆でしっかりと踏ん張って挑むべきとのこと。

また、「今は、セルフサービスだから、スーパーだから、店に置いておいて品物を買っていただけばいいという時代ではない。もっとお客様と接して、声掛けをして、お客様との触れ合いを重ね、人間対人間の会話をし、少ない知識でも、これはどうしたら美味しいかしら、どういった料理に使えるかしら、など、話しかけ、コミュニケーションを取ることが大事」と、レジ周り以外に、店内に持ち運びの手伝いなどのサービス係を配属し、自らもできるだけ店内に立つよう心掛けているとのことでした。

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